第1話:パンフレット
2012年6月12日/病院・待合室/朝
今日こそは。
昨日とは違う病院を選んだ。神経内科がある病院。朝早くから受付をした。
待合室で名前が呼ばれるのを待つ。1時間。2時間。3時間。
妻が隣で静かに座っている。身重の身体で、また付き添わせてしまった。
手持ち無沙汰で、病院の中を見回す。他の病院に来ると、どうしても気になってしまう。どんな設備があるのか。どんな看護をしているのか。
棚にパンフレットが並んでいた。フットケアについての冊子が何冊かある。病棟で今、看護研究のテーマにしている分野だった。
何かの参考になるかもしれない。
気づいたら、鞄に詰め込んでいた。
——まだ、看護師の脳が動いている。
鞄の重さだけが増えていく。身体は動かないのに。
待合室がほぼ空になった頃、ようやく名前が呼ばれた。
また「異常なし」と言われたら、どうしよう。その不安を抱えたまま、診察室へ向かった。

第2話:病名
2012年6月12日/病院・診察室/昼
先生に、今日までの経過を説明した。
普通なら「金曜日の朝、手が動かなくなった」と言うところだ。でも、それより先に、一週間前の発熱から話した。
ギラン・バレー症候群だとしたら、発症前の感染症が判断材料になる。看護師の知識が、勝手に段取りを組んでいた。
問診が終わると、先生による診察が始まった。運動機能、神経機能の確認。
そして、診断が下された。
「ギラン・バレー症候群ですね」
やっぱり。頭に浮かんだのは、その言葉だった。何となく覚悟はしていた。自分で鑑別していた病名の一つだった。
でも、知っていることと、言われることは違った。
嚥下障害。顔面麻痺。最悪の場合は呼吸抑制。人工呼吸器。
——知識が、一気に自分の身体に向かってきた。
過去に看護した患者さんの姿が浮かんだ。病状がどこまで進行するのか。どこまで回復するのか。後遺症は残るのか。何も分からない。
「私は大学病院から来ている非常勤なんです。入院となったら内科の先生にお願いすることになります」
神経内科の常勤医は、今年からいないらしい。タイミングが悪い。
妻が息を吐いた。
「よかった……」
『原因が分かった』とでも言うように、妻はもう一度、息を吐いた。
私は返事ができなかった。

第3話:車椅子
2012年6月12日/病院・廊下/午後
内科の先生に呼ばれた。入院中の主治医になる先生だった。専門は呼吸器内科。
説明を受け、「HCUに入院しましょう」と言われた。
看護師さんが車椅子を持ってきた。
足に力が入らない。左手が震えている。安全のため、車椅子に乗ることになった。
初めての車椅子。少し躊躇した。でも、わがままを言える身体の状態ではなかった。
車椅子に座る。視点が低くなる。
患者さんを何度も車椅子に乗せてきた。移乗介助も、車椅子での移動も、数えきれないほどやってきた。でも、自分が乗るのは初めてだった。
押されながら、廊下を進む。見上げる天井。すれ違う人の足元。
——こんなに低いのか。
入院前の検査が始まった。採血、心電図、胸部レントゲン、CT。
座ったり起きたりするとき、手に力が入らない。身体を支えられない。検査技師さんが介助してくれる。
自分のことを、自分でできない。それが、こんなに辛いことだとは思わなかった。
手首にネームバンドをつけられた。取り違え防止のやつだ。
看護学生の頃、患者さん用のリストバンドを自分の手首につけて遊んで、外せなくなったことがある。ひたすら謝った、苦い思い出。
今、そのバンドが、本当の意味で自分のものになった。

第4話:HCU
2012年6月12日/HCU・病室/午後
HCUの入口は施錠されていた。スタッフが鍵を開けて、中に入る。
目の前に広がったのは、仕切りで区切られた空間。一人の部屋。
ベッドに横たわると、すぐに動き始めた。衣服の交換。モニターの装着。血圧計。サチュレーションモニター。
何もできない。力の入らない身体を、スタッフの手が支える。
靴下は弾性ストッキングに替えられた。白い、膝までのストッキング。
血栓予防だ。手術後の患者さんや、心不全の患者さんに履いてもらっていた。まさか自分が履くことになるとは。
ベッドには四点柵。
——重症患者なんだ。自分は。
入院期間は? 費用は? 家族は? 職場は?
答えのない問いが、頭の中を回る。誰が悪いわけでもない。ただ、自分の身体を責めるしかなかった。
なんで。なんで、こうなったんだろう。

第5話:針
2012年6月12日/HCU・病室/夕方
髄液検査をすることになった。
ギラン・バレー症候群の診断には欠かせない検査。腰椎に針を刺して、髄液を採取する。
何度も介助したことがある。患者さんの背中を丸めさせて、肩甲骨が出るように体位を整えて。客観的に見ていても、痛そうで怖そうな検査だった。
それが、今度は自分に向けられる。
検査の前に、電話をかけさせてもらった。病院の中では、電話できる場所が限られている。車椅子で外に出て、職場と両方の親に連絡した。
「入院になりました」
本当に申し訳ない。すみません。
その言葉を何度も繰り返した。言うたびに、声が小さくなっていく。
夕方、救急の先生が来た。
手が震える。脈が速く打つ。
ベッドの上で横向きになり、背中を丸める。何度も患者さんにお願いした姿勢だ。
看護師さんが、消毒液を塗る。
「はい、ちょっと冷たいですよ」
ヒンヤリとした感覚が背中を走る。
「チクッとしますよ」
麻酔の針が刺さる。痛い。
麻酔が効いてから、髄液採取が始まった。歯を食いしばる。麻酔は効いているはずなのに、それでも痛い。
すべてが遅く、長く感じた。
「はい、いいですよ。しばらく安静にしてくださいね」
一時間の安静。
天井を見つめる。この状況が終わるのは、いつだろう。

第6話:長い夜
2012年6月12日/HCU・病室/夜
入院の書類を記入した。妻が荷物を持ってきてくれた。
母と、二人の子どもも一緒だった。
でも、弱っている姿を見せたくなかった。横を向いて、強がった。
夕食が配られた。昨日の昼から何も食べていない。腹が減っていた。食事にかぶりつく。
手が上がらない。
食べるだけで、脈が速くなる。息が切れる。疲労が押し寄せてくる。
「パパ、大丈夫?」
長女が、私の手を握って声をかけてくれた。
子どもたちが病院に来ると、周りに迷惑じゃないかと心配だった。
握られたところだけ、熱が残った。
夕方、主治医の先生が説明に来てくれた。
気になっていたことを聞いた。
「私の症状、ギラン・バレーにしては軽いんじゃないでしょうか」
本当にギラン・バレーなのか。違う病気だったら。治らない病気だったら。
髄液検査の結果を尋ねた。
「明らかな所見はないけれど、否定できる所見もなかった」
曖昧だ。でも、それが現実だった。
面会時間が終わり、みんなが帰った。
大量グロブリン療法が始まった。点滴が、一本、二本、三本と続く。
子どもの頃、ムカデに刺されてアナフィラキシーショックを起こしたことがある。アレルギー反応が出ないか、不安だった。幸い、大きな症状は出なかった。
すべての光が消えた病室で、これからのことを考える。
時折、聞こえてくる音。カートを押す音。アラームの音。スタッフの話し声。
モニターに映る波形を見つめながら、朝が来るのを待つ。
手元にナースコールがあった。
何かあったら押してください、と言われていた。
——押せない。
忙しいだろうに、こんなことで呼べない。
看護師として、何度も患者さんに言ってきた。「我慢しないで呼んでくださいね」と。
自分が患者になって、初めて分かった。あのボタンを押すことが、こんなに難しいとは。
ボタンに触れた指先が、冷たかった。
朝は、まだ遠い。

[第2章へ続く]
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