6月11日
朝が来る。
今日こそ、昨日と違うだろうと期待して目を覚ます。
目が覚めたら突然、良くなってるんじゃないかと願って…
しかしながら、腕は依然として動かない。
悔しい…
しばらくすると、不安に襲われる…
例えばもし、自分がALSだったら…
子供たちが大きくなるのを見守ることができない。
僕は働けず、妻には僕の介護を強いることになる…
スマホを触り、インターネットで検索を繰り返す。
しかし、思考はどうしても悪い方向へと流れてしまう。
自分がいない方がいいのかも…
まるで影のように、自分の存在を蝕む不可視の敵。
いろいろな症状が、時間とともに増えていくのを感じ、それが自分の生活に大な影響を及ぼしていくのを強制的に実感させられていた。
手を口や頭に持っていけない、ゴミ箱や便座の蓋を持ち上げられない、ポケットに上手く手を入れられない。
それだけでなく、疲労すると両肩から先が重たく怠くなる。
ボタンを上手に止められない、お菓子の袋を開けられない。
階段だと足が力を入れにくい。
すぐ息切れしてしまう。
仕事どころか、日常の単純な行動すら困難になってきていた。
やばい…
様子を見ている場合じゃない。
とにかく病院を探し始めた。
何箇所かの神経内科を回ったものの、休診だったり、神経内科がなかったりで、どこも診察してもらうことができなかった…
インターネットでは診察項目が神経内科と記載があっても、実際に病院に着くと診察をしてなかったりする。
病院の選択肢がない中、最後は地元の大きな総合病院へ向かった。
今まで看護師として働いてきた経験から、医師の診断や治療法には考え方や方針によって違いがあることをよく知っていた。
名医だとしても、それが自分の体に合う治療なのかはわからない。
大きい大学病院だとしても、病気を発見してもらえるかも保証はない。
自分の体に合う医師と出会えるかは、一番の問題点だった。
受診した総合病院で、症状を説明した結果、整形外科を勧められた。
正直、自分の症状が整形外科領域のものなのか疑問に思ったが、骨による神経の圧迫の可能性もあったので、まずは診察を受けてみることにした。
診断して整形的なものじゃなかったら他の科に紹介してくれるだろう。
「待ち時間が長いですが…」ええ、覚悟してます。
外来の新患の待ち時間はひたすら長い。
妻は僕の言葉に、首を縦にはふらなかった。
僕が何度も、一人で受診するから…
と、言っても一緒に行くと言ってきかなかった。
なんで、このタイミングで病気になってしまったのか…
3時間が過ぎたころ、ようやく名前が呼ばれた。
「とりあえず検査をしましょうか?」
いまから検査?
待っている間に検査だけでも先にできたはずなのに…
身体が辛かった分、いまからの検査が余計にきつかった…
レントゲン、採血などしたあとに再び検査結果待ち。
そして、ようやく診察の時間がきた。
「異常ありません。」
長い待ち時間のあとの、一言でおわる診察…
首の骨も電解質も、検査では異常がなかった。
自分の手が動かないことについて尋ねてみたが、医師からの返答は
「様子を見ましょう」
だった。
異常がない?
この動かない手は?
「どうしましょうか?」
医師が僕に尋ねる。
それは、僕が言いたいことなのに。
違う科は紹介してくれないの?
「脳外科とか?内科とかは?」
尋ねてみた。
「様子みるしかないですね。金曜日に次の予約入れて診ましょうか?」
様子みてて悪くなったから受診したのに?
手が動かないのに仕事ができないのに?
予約は入れず診察室を後にした。
妻が不安な顔みせる。
その時の自分の気持ちは、混乱と絶望、そして怒りでいっぱいだった。
しかし、また別の病院を探すしかなかった。
「大丈夫、整形的に異常がないって判ったことは一歩前進やん。」
そう、それは本心だった。
今日は勤務先で主任会が夕方からある予定だったが、病院の受診終わったのがもう15時過ぎ。
病棟の主任に電話して欠席を伝えた。
「大丈夫?主任会は気にしなくていいから。自分の体が大切だから。心配やなぁ。」
そう言ってくれた。
そのまま、師長にも電話する。
現在の状態を伝える。
手が動かない…
迷惑かけますが明日も休ませてくださいと。謝ったら
「いいよ、いいよ。大丈夫。」
そう答えてくれた。
…申し訳なかった。
皆に迷惑をかけ続けている。
とにかく、自分を診てくれる病院を回るしかない。
いっそ病名なんて、どうでもいい。
手を、足を動くようにしてくれたら…
元の生活を返してくれたら何でもいい…
この数日、動かない手を歯痒くて何度となく叩きつけていた。
何度となく涙がこぼれそうになった。
情けない…
悔しい…
たけど、妻や子供の前で弱音言ったり、涙みせると余計に困らせてしまうだろう…
きっと大丈夫だ。
出来る限りの平気なふりして強がる。
それが今の僕に出来ること。
目が覚めたら治ってる事を、今も祈っていた。
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