透明な糸 -ギランバレー症候群との闘いのはじまり-

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6月8日

「ピピピピピピ…」という旋律が僕の眠りを断ち切った。

スマホのアラームだ。

はぁ…

日常に縛られた憂鬱な一日がまた始まる。

“よいしょ…”と力を込めてベッドから体を起こす。
しかし、何となく違和感を感じた。それは手に感じる異常な重さだった。
普通ではない、だるさがそこにはあった。

「何か重いものを持ったっけ?」と自分自身に問いかけた。
年齢を重ねると、筋肉痛が突然やってくることがある。
数日前の運動したときのことだったりする。

仕事に遅れないように、気にしないことにした。
きっと、大丈夫。
たいしたことない。

階段を上がると、今度は太ももが重たく感じた。
「これは今日、力仕事は無理かも…」
患者さんの介助も、こんな状態では難しそうだ。

ラウンドが終わってナースステーションで記録をしていた時だった。

主任から声がかけられた。
「あれ、取って」
視線を上にあげる。
棚の上に置かれたファイルだった。

ファイルに手を伸ばすが、力が入らない。

「うっ…」
と思わず声を漏らした。

ファイルが手にズシリとのしかかり、落としそうになった。
なぜか腕に力が入りにくかった。

「今日は早く帰って休もう」

6月9日

朝、子供たちは学校が休みで、家の中はテレビアニメのテーマソングが流れていた。

今日は夜勤。
しかし、夜勤でも日勤と同じように朝に目覚めるので、子供たちと一緒にテレビを見て過ごした。

妊娠中の妻はまだ眠っていた。
辛そうだったので、私が子供の昼食を作ることにした。
出産は私が代わることはできない。
だからこそ、少なくともこのくらいは力にならなければと思った。

昼食を食べ終わると、出勤の時間が近づいていた。
2交代制なので、今日は朝まで勤務だ。
子どもに行ってきますを言い、職場に向かった。

病院に到着してすぐに白衣に着替え、病棟へ向かう。
今日はフリー業務の担当だった。
まずは夕方の点滴と夕食前の血糖測定に向かった。
しかし、やはり手が動かしにくい。
準備するだけでも一苦労だ。

「なんだろう、これは…」
疑問に思った。
しかし、仕事は仕事。
迷惑をかけずに頑張らなければ。

「よいしょっ!重い…」
夕食の配膳も、通常なら気にならない重さが今日は異常に重く感じられた。

「ふぅふぅふぅ…」
ベッドのハンドルを回すのにも力が入らない。
手袋をつけるのにも力が必要だった。
そして、挙げ句の果てに、自分の頭を触ろうとしても手が上がらない。

「これは、おかしい…」
これは明らかに普通ではない。
まるで自分の体が自分のものではないような、そんな感覚だった。

6月10日

深夜、一時間の休憩が終わり、再び仕事が始まった。
「ふぅ…これはまずいな…」と心中でつぶやいた。
手が動かしにくくなり、息切れするようになっていた。

「重い…」
お茶を配るのにも、ヤカンを持ち上げることができず、両手で必死に持ち上げた。
「こんなものも持てないのか…」
自己嫌悪に陥った。
動かしにくい筋肉…これは一体何なのだろう。

「手に痺れはない。両方に症状が出てているから、脳梗塞や脳腫瘍とかではないと思う…」
頭の中で、看護診断をしていた。
「様子見ていれば治ると思っていたけど…それは甘かったのかな…」

「何だろう、これは…重い病気なのかな…」
これまで看護した患者さんのことを思い出す。
膠原病?ALS?ギランバレー?頸椎ヘルニア?

「でも、今日は日曜日だし、どうにもできないな…」

仕事をなんとか終えると自宅へと戻る。

近くのショッピングモールでキャラクターショーがあるとのことで、妻と子供を連れて出かけることにした。
夜勤明けではあるが、家族サービスの時間は限られている。
普段は学校があるので、子どもと出れるのは土日がメイン。
それに、外出は妻のストレス発散でもあった。
だから、多少無理してでも大切にしたかったんだ。

ショッピングモールをブラブラしていても、手の感覚は回復せず、椅子に腰掛けていても肩から先が重たく感じ、息も切れる。
「どうして、こんな…」
子供二人が、重たくなった手を支えてくれた。

妻は身重で8月が出産予定、子供たちは小学校三年生と一年生でまだ小さく、もし自分が入院になったら、家庭はどうなるのだろう。
妻の負担も増えるし、一生このままだったらどうなるのだろう。
不安が頭をよぎる。

皆で外食をすることにした。
しかし、食事をすることすらも困難だった。
「ううう…」
声を漏らした。
手を動かして口元に持っていくことができない。
片方の手で肘を支えて、なんとか時間をかけて食事をした。

ただ、食事をするだけなのに、疲労感が半端ない。
「自分が情けない…」と思った。
そして、何よりも怖かった。

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